10.波乱万丈な新婚生活のはじまり。

私は韓国での留学生活の延長上に韓国人のオッパと結婚し、そのまま韓国人の家族の一員になりました。

私はそれまでの留学生活中、大学の寮で韓国人と共に暮らし、韓国人の友人の中に溶け込んでいました。
なので韓国や韓国人についてある程度の事は理解しているつもりでした。
ところが、その思い込みが間違っていたのです!!

韓国人夫の嫁として暮らす韓国での生活は留学生活と結婚生活は全く違っていました。
オッパと私はソウルのある地域に部屋を借りて暮らすことにしました。
彼はその当時、エンジニアの研修期間中、私は大学院で学びながら日本語講師をしていました。

お金のない私たちはなるべく安い部屋を探していましたが、外見はともかく、中はとても清潔間のある良い物件を
見つけることができ、とても喜んでいました。
ただ引っ越しに伴って色々な事を準備する中で意味ありげな言葉をよく耳にするようになりました。

「どうしてあんたたちみたいな人らがこんな所に引っ越してきたの?」

後で知ったのですが、そこは1年に3回も泥棒が入り、地域的にもとても殺伐とした所だったそうです。何も知らない私たちはもうそこで暮らす以外方法はありませんでした。
そしてしばらくして私の戦いが始まったのです!

ある日の朝、私が学校に行こうとすると家の門が開きません。
閉じ込められてしまった私は何とか開けようと扉に体当たりし、飛び蹴りをし...
そうする内にやっと人一人通れる隙間ができました。
外に出てみると....
なんとしたことでしょうか...
オッパが早朝外に出た時にはなかった粗大ごみの山が私の家の前に大量に積み上げられているではありませんか!
韓国でも粗大ごみはお金を払って捨てるものです。
その地域の心無い人が他人の家の前に扉が開かないほどのごみを積み上げていったのです。
これは韓国がそうというわけではなく、どこの国にもそのような人はいると思います。
しかしそのダイナミックさはやはり日本にはなかなかないものではないかと私個人的には感じました。

はっきりしていたことは私たちは輝かしい新婚生活をそのような事が頻繁に起こる地域に自ら足を踏み入れてしまったということです。

そして私は日本語講師としてリッチな地域の某有名日本語学院で教えていましたので毎日、毎日同じ韓国でもそれぞれの地域差にびっくり、どっきりさせられる日々を過ごすのでした。

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